50代 家 新築 注文住宅 家造り 猫と暮らす メインクーン

50才で自分の理想の家を建てました

50才という年齢と低予算の悪条件で理想の新築一戸建ての家を持ちたいとがんばって建てました(*^^*)

色々あったこと⑧

続きです。

一週間ほどで病理検査の結果が出て、先生から結果を聞きました。
残念ながら適応にはなりませんでした。
これが最後の望みだったため、もう有効な治療法はありません。
先生は「そこまで悪性度が強い癌ではなさそうなので定期的に検査して今後のことを考えていきましょう」と話し、父は特に動揺することもなく淡々と聞いていました。
なんでこんな治すことができない病があるのでしょうね。
見た感じ普段となんら変わらぬ様子の父なのに、もうどうすることもできないなんて、こうしてここに書いている今でも信じられません。

残された時間、少しでも多く父の顔を見て話しをしようと思っています。

最近も普通に食べれるうちにと思って、相方と一緒に父の好物の魚料理を食べに行ってきましたよ。

自己満足だと思います。
でも残り少ない時間です。
後になって「こうしておけばよかった」と自分が後悔しないようにしたくて。
自分勝手でもなんでも、してあげたいと思ったことはすることにしたんです。
今は少しでも長くこの日常が続くことを祈りながら生活しています。

これが”色々あったこと”です。
実はここでは大分端折って書いていて他にも色々なことが本当にたくさんあるのですが、今回書いたことだけでも気持ちの整理ができていない状態ですから。

他のことはまた機会があれば書いていきます。
次回からは日常のことに戻ります。

こんな私事をお読みいただき、お付き合いしてくださった皆様に感謝いたします。
ありがとうございました。

では最後に私のお気に入りの美らちゃんの写真をどうぞ^^

 

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色々あったこと⑦

続きです。

父に確認したところ、再発したことはやはり母にも話していないとのことでした。
私は母の気持ちも考えて、ちゃんと父から話すようにとだけ伝えました。

父の中ではもう決まったことかもしれませんが、私は気持ちの整理がつきませんでした。

抗がん剤はもう嫌だという父の気持ちはわかります。
そして外科的な治療、つまり手術して治すことができないのも理解しています。
でも私の父なのです。
どうにかできないものか?何か方法はないのか?
と、ずっと考えていました。

そんな中、オプジーボ(免疫チェックポイント阻害薬)のことを思い出しました。
以前、森喜朗元首相が肺がんの転移で使用して有名になったあの薬です。
夢の新薬なんて言われていたけど、これは父には使えないのかな?
抗がん剤とは違うし、もし効果があるのなら父も了承するのでは?適応の可能性は無いのかな?
全くの素人の考えです。
でも万が一にも可能性があるなら、まだ何かできることがあるのなら後悔したくない。
そう思った私は担当の先生にオプジーボは使えないのでしょうか?とストレートに聞いてみました。
先生は延命治療はしないという父の考えから治療の選択肢から外していたけど、適応条件に合えば効果があるかもしれないと言い、検討してくれることになりました。
ただ病理検査してMSI-Highの場合のみ適応で、その可能性は5%程度との話ではありましたが…

でも父はなかなか運のいい人だから5%の確率でも適応になるかもしれない。
そんな淡い期待を持って検査の結果を待つのでした。

続きます。

 

では最後に相変わらず小さい箱が大好きな美らちゃんをご覧ください

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色々あったこと⑥

続きです↓

相方の傷も癒えてきて、やっと日常が戻ってくる…と思っていたある日
外科の先生から連絡が入ります。
「たくてむさんのお父さんのことで話したいことがあります」と。

嫌な胸騒ぎがしました。
診察室に行ってみると先生一人。
父はもう帰宅した後のようでした。

私に向かって先生は
「お父さんには先ほど話したのですが腹膜播種で間違いないと思います」と話し始めました。

親父は6年前に大腸がんと診断され手術を受けています。
その後、後もう少しで術後5年になるという頃、肺への転移が見つかり再度手術し経過観察となっていました。
しかし昨年の冬に腹膜播種の疑いで検査となっていたようです。
私は父から何も聞いていません。
今年の正月だって普段と変わりない様子で祝っていたんです。
その時に父はもう腹膜播種だろうとは知っていたはずなのに、病気のことなど何も話しませんでした
突然の話で驚いている私に、先生は「お父さまは抗がん剤治療はしないと選択されました」と一言。
延命治療は希望しないということで先生から父の余命は1年程度と知らされました。

説明を受けた後、しばらく呆然としていましたが
とにかく何も聞いていなかった私は父に電話してみました。
電話に出た父は「おれはもうダメらしい。今まで色々ありがとうな。」といつもと変わらぬ様子であっさり答えました。
電話する前は聞きたいこと、言いたいことがたくさんあったのですが、
一人で考え、悩んだのであろう父に対して、私は結局何も言えませんでした。
相方の時も思いましたが、
普段は何の根拠もなく明日も明後日も同じ毎日が続くと思い込んでいるけれど、ある日突然に平穏は壊れる。

先生に聞くまで私も知らなかったのですから、おそらく母も知らないでしょう。
いったいどうしてこう立て続けに…
父の気持ち、今後の事、ぐちゃぐちゃとした気持ちで心の整理がつかないまま数日を過ごしました。

続きます

 

最後にリラックスしている首里くんをどうぞ

 

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色々あったこと⑤

続きです↓

相方が参加した仲良しグループの食事会には元々手術予定だった病院の職員がいました。
やはりというか食事会では流れの中で手術のことも話題になったそうなのですが、相方はそこで衝撃の事実を知ります。

ここを誰が見るとも限りませんし、そこでの言動をまた聞きの私が書いて問題になってもいけないので詳細は伏せますが、元々相方の手術を担当する予定だった医師は私たち当事者にとっては色々問題のある医師だったようです。
相方は帰宅してから私に食事会で聞いた元々の担当医師の話をしてくれたのですが、聞いた私は絶句…
相方と二人で元々のところで手術にならなくてよかった…と胸をなでおろしました。
本当に衝撃的な話だったのです。

 

相方は、元々手術を予定していた病院では手術できず、そこで紹介された中から選んだ病院での手術となった訳ですが、こうなったことは今は本当にラッキーだったと思っています。
たらいまわしになってしまったのは不幸なことでしたが、結果として傷跡も1か所で済みましたし、手術してくれた先生は若いけれどしっかりした方でしたし、何より食事会で知った元々手術予定だった担当医の話は私たちにとって絶対に手術されたくない…と思うほどの話だったので。

色々とあったけれど”手術はここでした方がいいよ”と何かに導かれた結果のように感じました。
血液の関係も確定診断こそされませんでしたが「大きな手術でも無い限りは今まで通り普通の生活で良い」と、この病院で言ってもらえましたし
相方とは、最終的にこうなったのは「天国のお義母さんが心配して守ってくれたんだろうね」との結論になりました。

はぁ、しかし本当に腫瘍が見つかってからここまで

長かった

長かったよ…

でも、これでやっと日常が戻ってくるんだ。

と、この時は思いました。

思ったのですが、でもそれは束の間のことになってしまうのです…

続きます。

 

では最後に荒ぶる美らちゃんをご覧ください。

 

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色々あったこと④

前回からの続きです↓

相方が新たに紹介された病院はどんな病院なんだろう?
と、疑問に思った私はその病院のホームページを見てみました。
そこで婦人科のトピックスに
「2023年からvNOTES(経腟腹腔鏡下手術)を導入:従来の腹腔鏡手術やロボット支援手術よりも更に低侵襲。」と記事があるのを見つけます。

腹腔鏡よりも負担が少ない??この方法は卵巣腫瘍適用らしいので、もしかしたら相方も適用できるんじゃないのかな?

相方はもう腫瘍が大きくなっているので実際には難しいかもしれないけれど、もし適用できるとしたらこの病院に来た意味もあるような気がしました。相方の気持ちも少しは晴れるんじゃないだろうか?とも感じたのです。

元々手術予定だった病院では腹腔鏡で4か所穴を開けて行う予定との説明でしたので、こんなにたらいまわしにされたのだから、せめて傷跡や痛みは少ないものにして欲しいと強く思ったのです。

このことを相方に話すと、紹介された医師にvNOTESでできないか相談してみるとの返事。
私が言い出したこととはいえ、もしかしたら素人が知ったようなことを医者に話すのも良くないのか?と、ちょっと心配もしたですが、担当の先生は馬鹿にしたりせず可能ならvNOTESでの手術をと考えてくれたとのことでした。
結果としてはもう腫瘍が大きくてvNOTESでは無理となってしまいましたが、ちゃんと寄り添って考えてくれたことがうれしかったです。
そっかダメか残念だな…と私が思っていると、相方から「でもね、この病院では腹腔鏡で開ける穴はおへその1か所でいいって!」との話。
前の病院の時より腫瘍は大きくなっているのに開ける穴は1か所??前の病院の4分の1でいいの?
新しい技術を取り入れた手術を行っていることからも、ここは技術の高い病院なのかもしれません。病院によって傷跡も痛みも違ってくるなんて…
でも家を建てるのだって頼む工務店によって職人さんの技術力も違えば作り自体も違ったりしますもんね。そういうことなのでしょう…うん。と勝手に解釈(;'∀')
何はともあれたらいまわしの結果も少し救われた気がしました。

その後は上手く回り出すと順調にいくものなのか、無事に予定通りの手術を行うことができました。
心配した出血の件も問題なかったようで「無事成功」の連絡が担当医師からきた時にはほっとしました。
術後も「同室のおばちゃんが手術の後、何も食べちゃいけないはずなのにボリボリ煎餅食べてたんだよ!私は我慢してたのに!看護師さんにチクってやった(`・∀・´)エッヘン!!」
なんて言ってたので比較的元気だったのでしょう(笑)
その後、予定通りの日程で退院することができ、病理検査の結果も悪性のものではないことがわかり、今後も特に通院は必要ないと言われ、やっと安心することができたのです。
退院後、見たくないという私に無理やり傷跡を見せてきたのですが、
傷跡は本当に1か所だけで、その傷もおへそのところなのでほとんどわかりませんでしたよ。今の技術ってすごいんですね。

そんなこんなで相方も友人と食事会にも行けるようになって日常が戻ってきた
そんなある日、驚きの事実を知ります。

続きます。

 

最後に今にも悟りを開きそうな福ちゃんをご覧ください。

 

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色々あったこと③

前回からの続きです↓

検査の結果が出揃ってK医師から説明がありました。

「大丈夫だと思ったんだけど…ごめんなさい。判断が難しい。」と。

K医師の経験上、大抵の場合は詳しく調べて問題がないことが多いようなのですが相方は違いました。
フォン・ヴィレブランド病の可能性があると。
※フォン・ヴィレブランド病は、血液を固める働きを持つ「フォン・ヴィレブランド因子」の不足や機能異常により、出血が止まりにくくなる遺伝性の出血性疾患だそうです。

この病気は確定診断をするのはなかなか難しいらしく、どうしても病名をはっきりさせたい場合は名古屋の方の病院に行ってもっと詳しく調べる必要があると。

で、結局どうなったか?
血液の方はそうは言っても今まで普通に生活できていたので、まずは緊急性の高い卵巣嚢腫の手術を優先することになりました。
(相方曰く思えばぶつけてもいないのにぶつけたような痣ができていたことも結構あったらしいので実際には何もなかった訳じゃないようです)
手術は血液内科の医師がいる病院でなら可能だろうとの話なのですが…
地元にそこそこ大きな病院は二つありますが、血液内科と婦人科の医師がいるのが条件となると、どちらの病院でも相方の手術はできません。

今度は血液内科と婦人科の医師の揃っている病院へ紹介だそうです…
もう、たらいまわし状態。
さすがに相方も凹んでしまいました。
見ている私も辛かった…

で、紹介可能な病院を二つ提示されました。
どちらも普通なら高速道路を使っていく距離になります。
結局、相方は日赤系の病院を選び紹介状を書いてもらいました。

こうなった事、そしてこの病院を選んだ事は、後に驚き考えさせられる話に繋がるのですが、この時は辛く悲しいばかりの気持ちでした。
だって検査で腫瘍が見つかってから、この時点で数か月たってしまっていますから。

検査しているばかりで時間だけが過ぎしまっているけど、いったい腫瘍はどのくらい大きくなってしまっているのだろう?
大丈夫なんだろうか?
と、日に日に不安も大きくなっている時期でした。
本当に田舎の医師不足は深刻で、受けたい治療も簡単には受けられません…

次の病院ではどうか何とかして欲しい…

 

続きます。

 

最後にキャットタワーでぐっすり眠る首里ちゃんをどうぞ。

 

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色々あったこと②

前回からの続きです↓

後は手術を待つばかりと相方も覚悟を決めていたある日のこと、担当医師から話がありました。
「術前検査で問題がありました」との事。
血液検査の結果APTTが延長しているとか何とか…
なんのこっちゃ?と思ってさらに詳しく話を聞いていると、どうやら相方は血液が固まるまでの時間が異常に長いんだそう。
で、手術中に血液が固まらなかったら大変なので、このままでは手術する事はできないと。

な、なんだってー??

と思っている私たちに向かって担当の医師は続けてこう言いました。

「血液疾患の可能性もあるので、手術可能かどうか血液内科の専門の医師に診てもらう必要がある」「ただ手術を予定しているこの病院には血液内科の医師はいないので、紹介状を持って血液内科の医師のいる病院に行って検査してください」と。

もう手術予定日まであと少しで、相方も覚悟を決めていたのに
ここにきて、そんな…

そんなことがあって後日、相方は私の勤務している病院の血液内科K医師に紹介となりました。

K医師は事情を知って、手術予定日に何とか間に合うように、すぐに診てくれて検査も急いでくれました。
心配している私に「多分大丈夫だと思うよ。手術間に合うように急いで検査するからね。」とも言ってくれて本当にありがたかった。

とは言え結構珍しい検査をするらしく、すぐに結果が出るものではないのだそうで、しばらく時間がかかりました。
私と相方はと言うと「多分大丈夫」とのK医師の言葉を信じ、とにかく手術に間に合うようにと祈っていたのですが…事態はそう簡単ではなかったのです。

続きます。

 

最後に抱き合って眠る福ちゃんと首里ちゃんの写真を置いておきますね。

 

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